親の立場からの美術大学77 浪人生活を考える

メンタルも肉体もギリギリ

弱虫だったうちの坊が、まさか美大受験で2浪もするとは思わなかった。

安全で楽な道ばっかり選んで、努力が何よりも大嫌いな、どちらかというと怠け者の我が息子。w

すぐにでも根を上げると思っていたのに、

今まで、よくも折れずに頑張ってきたと思う。(大袈裟だからしょっちゅう弱音吐くけど…)

浪人生活は、予想していたよりもずっとハードだ。

親が見てそう思うんだから、本人のプレッシャーはいかほどだろうと思う。

大概の「普通の子」は、メンタルか身体かのどっちかが壊れてやめて行く。

それは、親に金銭的な限界を告げられたからかもしれないし、

自分の才能が信じられなくなったからかもしれない。

浪人生活自体に飽きてしまったからかもしれない。

多くの子が諦め去って行く中で2浪3浪するのは、ある意味特殊な子達だ。

藝大とは、特殊な精神状態の者しか行けない特別な場所なのだろう。

どういう子かというと、

それは、

決して、折れない子。

坊は、もし晴れて美術予備校の講師になったなら、

学生には安易に藝大行きを勧めないと言っている。

「覚悟して行け。覚悟がないなら止めろ。」

そう、伝えるのだと。

生半可な憧れで目指しては、心身ともにぶっ壊れる。

それほど、受験は厳しいのだと。

芸術クラスタから離れる

坊の予備校生活の話を聞いていてつくづく思うのは、

美術界って、

「特殊な環境だよね」っていう事だ。

未だに、まるで昭和の世界観みたいな徒弟制度が残っているし、

しかも、講師の特殊性に生徒もさほど疑問を持っていない。

なんか・・・いろいろと麻痺しているのかな。笑

私でさえドン引いているというのに、

若い子たちがよく耐えていると思う。

そして生徒たち自身も芸術系を目指すくらいだから、

ハッキリ言って面倒くさい奴が多い。(うちの子もそうだけど。w)

だからそんな世界にどっぷりはまって生活していたら、

まあ、浮世離れしてしまうよね。

だからこそ、メンタルの健全さには最新の注意を払わなければならない。

ぜひとも予備校の授業が終わった後は、芸術系じゃない人々と触れ合う機会を持ちたい。

普通の両親・家族と同居している子はまだ良いけれど、

地方から出てきて、寮に住んでいる子は要注意だ。

24時間、芸術系の人々と触れ合っていると、意識が偏って来る。

あえて、普通の人々と触れ合うためにバイトをするのも良いだろう。(変なバイトを選んじゃダメだけど…)

他の趣味に打ち込むのも良いだろう。

だけど、うちの坊みたいに働けない子(バイトがある意味浪人生活よりも負担になるタイプ)はどうすりゃあ良いんだ?

教会などどうだ?

あくまでもうちの坊の場合ですが、

急にアイデアが降ってきたんですよね。

教会など、どうだろう?

実はうちの坊、中学・高校とキリスト系の学校に行っていました。

とはいっても、我が家がキリスト教という訳でもなく・・・・。

たまたま、坊に相応しい学校がキリスト系だったというだけの話なのですが。

それで、聖書に慣れ親しんでいたんですよね。

そこで、「日曜礼拝に行ってみたらどうだ?」ってことになったんですよ。(坊の宗教は昔っからあるやつで、いま世間を賑わせている怪しい宗教じゃないです。w)

行ってみたら、これがドンピシャ。

知り合いの先生にも会えて優しく励ましてもらったというし、

何より牧師さんの話を聞いていたら涙が出てきたって言うんですよね。

ずいぶんと、心が傷付いていたんでしょうね~。

で、「これは良いかも…」って思ったんですよね。

日曜の朝に礼拝に行くのも生活リズムとして申し分ないし、

ありがたいお話を聞いて心を洗うのも良い。

これで、ボランティアでもできれば理想的ですね。

とにかく、予備校とはまったく関係ない人々と触れ合うのは望ましいことだと思うのです。

すっかり心を満たしてきた坊は、今後も通うと言っています。

それもまた良き。

とにかく、精神面の安定は緊急課題。

これが、特効薬になると良いのですが…。

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