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落ちると思っていた試験に合格
先日、多分第一次試験は落ちたであろうという話を書いたのですが、→親の立場からの美術大学26 芸大第一次試験覚書(彫刻科)
なんとこれが、合格していたんです・・・。(´・_・`)
合格したと分かったときは喜んだし、涙した私たち親子ですが、
冷静になって考えるとだんだん不安になってくるのでした。
構図を失敗したのに一次が通ったって、ヤバくね?
不合格だった精鋭軍
坊の話を総合すると、こうだ。
・予備校の一軍(日頃から上手い奴)が軒並み落ちた。
・俺を含めて雑魚が合格した。(雑魚という言い方は酷いのだが、分かりやすくするためあえてこのまま使います)
・現役と一浪で2/3を占めた
更に坊の推理。
俺のデッサンは構図が間違っていたけれど、雑魚部屋に居たから相対的にマシに見えたのだと思う。
もしハイスペック部屋に居たら、上手い奴の横に置かれて相対的に下手に見えるだろうから、不合格だったに違いない。
多分、一部屋に一人は合格者を出すシステムなんじゃないかな、それで俺は選ばれたんだと思う。
俺は運が良かった。(以上、坊の妄想)
えっ、なに、そんないい加減なシステムなの?
そんな、「運まかせ」みたいなの嫌じゃん。💦
2浪3浪して、好きなこと我慢して努力して、苦しみに耐えて、そしてそのご褒美としての合格なんだって、信じたいじゃん。
じゃなきゃ、予備校に行く意味がないじゃん・・・。(T_T)
しかし、現役と一浪で3分の2を占めるこの現実をどう捉えたら良いのか。
多分技術的には劣っているだろうそれらの作品が、なぜ多数選ばれたのか。
たまたま、日頃上手い奴か「やらかした」のだろうか。
技術+アルファ
坊がこんな話をしてくれた。
ある先輩が講師に、
「お前、石膏デッサンが楽しいか?楽しくないだろう。」
と、叱られていたと。
技術は、時間をかけて丁寧に勉強すればいつかは身について行く。
そしてその結果として、みんな「同じような石膏デッサン」になって行く。
そりゃそーだ。
予備校は「個性の伸ばし方」なんぞ教えん。
「合格しそうな安全な描き方」しか教えん。
そしてだからこそ、奇麗なだけのデッサンは、「目立たない」し「ありきたり」ってことで弾かれちゃうんじゃないのか。
試験では「技術+アルファ」が判断されているのではないのか。
それは、受験生個人の「強く熱い思い入れ」であったり、「試行錯誤の痕跡」であったりするのではないかと想像してしまう。
だから、「現役生の一生懸命」とか「一浪生の思いのたけ」とかが、評価されちゃったんじゃないのか。
実は、「個性」が見られているんじゃないのかしら。
・・・・・などと、素人は考えてしまいます。
予備校の先生の分析をお伺いしたいところです。笑