親の立場からの美術大学2 予備校は修行の場

予備校は修行である

坊1は美大志望の浪人生です。(1浪です)

昨年、美大を3校受験して2校合格しました。

が、どうしても行きたい大学があると言い、結局浪人の道を選びました。

親としては、お金のこともあり(うちは普通の収入の家庭です)子供の精神的負担も考えてしまい、できれば現役で合格して欲しくて浪人には相当躊躇しました。

迷っていた時に、予備校の先生が言ったセリフがこれでした。

「もう1年間修行した方が、長い目で見たらお子さんの将来にとって良いかもしれませんね。」

えっ、修行って何ですか?

「予備校で学ぶ石膏デッサンや実技、 それは将来創作をする際の基礎的スキルを身に付けるためにやっているので、そういう意味で修行なのです。ちゃんとやっておかないと大学に入ってから苦労する子もいるんです。」

石膏デッサンなどの練習って、大学の実技試験に合格する以外に意味あったの?

修行を終わらせてから大学へ行く

私は、作品を作るための基礎的なスキルを身に付ける「修行」ってやつは、大学でやるもんだと思っていました。

「難関と言われる美術大学では、予備校で基礎を学んでくることを前提としています。そして、大学では応用を学ぶんです。」

それは私たち親子も、いろんな美術系の大学を見学したときになんとなく実感していました。

例えば、某大学の美術学部では、先生方に「大学で石膏デッサンを学んで一年後がこれです」って見せられた作品が、当時高校2年生だった坊が塾で描いていた石膏デッサンくらいのレベルでした。

そういう系の大学では、そもそも入試に実技試験はありません。

坊が行きたがっている大学では、これを予備校でやって来てくださいって言っているわけです。

坊の目指している大学との差は歴然です。

大学に入ったときに、周りにいる子たちが素人なのかすでに玄人なのかってというくらいの差です。

でも、だからといってそういう学校がダメと言いたい訳ではないのです。

子供の実力によって、どのレベルの学校を目指すのかはよくよく考えないといけないということです。

美大生は多浪しがちですが、家庭で用意できる資金や子供の性格(浪人を重ねるのは本当に精神に良くない)によっては浪人をさせず、大学から基礎を学ばせるっていうのも手です。

予備校に行っていると、より良い大学・レベルの高い大学を目指したくなってしまうものですが、客観的に子供の能力を判断して考えたいものです。(予備校に通っているなら、先生にお子さんの実力を良く聞いてみましょう)

大学の知名度よりも、子供の個性や家庭の事情を優先したほうが良いです。

大学は人脈作りの場である

では、多浪して基礎ばっちりで大学に行ったら、なにをするんですかね。

「自分の作品を造り上げてゆくことと、人脈作りです」

人脈作りかぁ・・・・。横や縦の網目を造り上げて、将来の足場を造り上げるってことなのですね。

私は、予備校の先生に以上のように教わりました。

ちょっと、今までに考えたこともなかった世界観ではじめは戸惑いましたが、今は受け止めています。

「浪人なんて・・・・」と考える前に、

「でも、将来の修行なんだよね」って側面も見て欲しいのです。

そこに、どれだけのお金と時間をぶっこめるか。

それが問われます。

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